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2009/10/28

ドラマ「小公女セイラ」と劣等感

 今月から始まった秋のTVドラマ、いくつか見ていますhappy01 そのひとつが、娘と一緒に見ている 「小公女セイラ」。そう、あの名作、小公女の現代日本版です。

 大金持ちのお嬢様セイラが、インドから日本の全寮制女子校に転入してきて、まもなく、父親の死の知らせが… セイラは学院の下働き、女中になってしまう。院長や生徒のいじめにめげず、セイラは運命を受け止め、前向きに生きていく… 

 セイラが被害感をもたず、周囲の人を恨んだりしないで、前向きに強くいられるのは、なぜか? たぶんそれは、「女の子はだれでもプリンセス」というセイラのセリフ(キーワード)に現れているように、自分はプリンセスである、という誇り、自尊心、つまり、揺るぐことのないセルフエスティームを持っているからなのだろうと思います。ドラマではそれは両親を通して培われたものとして描かれていますが、他人との比較の上に成り立っているわけではないので、揺るがないのです。

 他方、学院の院長やセイラにライバル心を燃やす生徒(マリア)は、他人と自分を比較して、根深い劣等感を持っています。その劣等感は、セイラによって刺激されるらしく、嫉妬・ねたみの表し方がすごいのです。

 ドラマでは、セイラも素敵ですが、院長やマリアの存在が光ってると思います。人間らしいというか…私はこの二人のいじわるぶり、キレぶりに注目してます^^ あと、院長の妹もいい味だしてます。セイラをかばいたいのに、姉である院長には、逆らうことができず、アルコールで鬱憤晴らし…なんだかリアルです。

 揺るがないセルフエスティームを持つセイラと、劣等感の固まりである院長やマリア。ふつうの人はこの中間にあるのだろうけれど…どっちも難しい、生涯にわたる課題なのかな〜と思ったり…

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